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映画と美術(アート)が出会うとき―国際シンポジウムを開催しました

イベントリポート

2017年3月11日(土)、成城学園創立100周年・大学院文学研究科創設50周年記念の国際シンポジウム「映画と美術(アート)が出会うとき」を開催しました。

成城大学の"教育"は高度な"研究"に支えられています。そうした「成城のアカデミズム」を発信する機会として、成城大学、パリ第一大学、パリ第八大学のアートと映画の研究者が集まり、映画とアートの現在に新展望を切り開くシンポジウムとなりました。
(使用言語はすべて英語またはフランス語で行われました。)

第一部「アートから映画へ」

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木村達哉(成城大学准教授、映画学・美学)
「アメリカの娯楽のヨーロッパの芸術に対する勝利/その包摂:『巴里のアメリカ人』(ヴィンセント・ミネリ、1951)の場合」

<発表要旨>
 『巴里のアメリカ人』が、アメリカの観客及び映画人の欲望を反映して、アメリカの娯楽はヨーロッパの伝統的な芸術より優れており、後者を自らの内に包摂するというメッセージを示していることを明らかにする。

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小河原あや(成城大学非常勤講師、芸術学・映画研究)
「映画は文学とアートを基にして-エリック・ロメール『パリのランデブー』第一話から」

<発表要旨>
エリック・ロメールの映画論と作品『パリのランデブー』を取り上げ、その第一話「7時のランデブー」を文学および造形芸術と比較し、映画の特性である「偶然性」がいかに作品の形式に影響しているかを明らかにする。

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松本良輔(成城大学大学院博士課程後期・文化学園大学非常勤講師、現代美学美術研究)
「自己の痛みへの眼差し-ソフィ・カルの映像作品より」

<発表要旨>
調査報告書や日記といった方法で、芸術的実践に取り組むフランス人アーティスト、ソフィ・カルは、苦痛を扱う映像作品群を制作している。《どうか元気で》と《捉えられなかった死》を題材に、自己の苦痛の映像化と美学的可能性について検討する。

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北山研二(成城大学教授、現代美学美術・フランス文学研究)
「なぜ佐藤雅晴のアートは、アンフラマンスを過剰に制作するのか」

<発表要旨>
雅晴のアートは、デジタル・アートである。アニメーション映画と違い、物語を始めない。生み出し、複数の知覚を呼び込むため、多次元的空間を開く。雅晴は、映画とアートの出会いを自分固有のアートにする。

第二部「映画からアートへ」

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フランソワ・スラージュ(パリ第八大学教授・国立美術史研究所所長・レティナ[新旧映像の美学的認識純理学的研究]代表、写真美学研究)
「この映画は傑作だと思う」

<発表要旨>
映画とアートの出会いを理解するためには、観客の経験と、「この映画は傑作だと思う」と叫ぶ観客の反応の意味について問うことになろう。観客は、見えないものを見たようなのだ。

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ジョゼ・ムール(パリ第一大学教授、美学・映画研究)
「『アニエスの浜辺』の冒頭部-自画像の形をなすインスタレーション」

<発表要旨>
アニェス・ヴァルダの『アニエスの浜辺』(2008)のクレジットタイトル前のシークエンスを分析し、いかにこの映画監督が、インスタレーションの原理を継承して、かたちと反映の断片化の自由な働き-アイデンティティーを明示するどころか脅かす働き-に基づいて作られる自画像の詩的アートを素描するのかを示す。

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ジャシント・ラジェイラ(パリ第一大学教授、美学・芸術哲学研究)
「時間に関する、時間における、いくつかの舞台表現法」

<発表要旨>
3人のアーティスト(杉本博司、デニス・アダムズ、エドガー・マルタン)と彼らのいくつかの作品から論をおこして、写真と映画のいくつかの関係を時間と時間性との関わりにおいて理解する。

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ドミニク・シャトー(パリ第一大学名誉教授・成城大学客員教授、美学・映画研究)
「映画におけるアート的なもの-デヴィッド・フィンチャーの『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』に関して」

<発表要旨>
デヴィッド・フィンチャーの映画『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』がスコット・フィッツジェラルドの短編小説の脚色=増補に関して、あるまとまった映画的着想を展開するその方法の研究。映画的着想とは、カントが定義するような美学的着想の映画による特殊化であると見なしうる。この場合、映画的着想が物語的行為の問題、つまり短編小説から着想された問題にせよ、映画監督によって追加された問題にせよ、美学的解釈を受容できる表象形式に変換するのである。

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